小谷クリニックでは外来一般診療の他、定期往診・訪問看護などの在宅医療にも取り組んでいます。

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コラム

年末を迎えて「3・11後」に触れておく

2011.12.15 / 8:54 AM

今年は3・11後の大混乱があり、1年がバタバタと駆け抜けた感があります。非常に長くも、非常に短くも感じられた1年でした。3・11当日のクリニックの様子をコラム欄に掲載し、第2弾を予告してはいたのですが、その第2弾がいまだに出せずにいます。多忙のためと言い訳をしつつも、実は、東北のあまりの大きな実態に、当方の混乱は記録の意味がないのではないかとの思いからでもありました。ただ発生後9カ月になるとだんだん記憶もあいまいになってきますので、東北からかなり離れた横浜でさえも、開業医にこのようなことがあったということを列記しておくことにしました。

3・11は、急な停電の中でクリニックでも、自宅でも混乱の時間を過ごしたことは以前のコラムに書いたとおりです。

その後起こったことは、

3月12日(土):●金沢区で計画停電が実施される予測が出て気管切開を受けている在宅患者様の家族から問い合わせがあった。医療機関にも特別の情報が来てはいないことを伝えた。→幸いこの方のお宅は停電しなかった。●クリニックに勤務する職員の少なからぬ人数の通勤電車が間引き運転となり、遅刻者続出。診療開始前のミーティングでクリニックでの通常業務をなるべくいつも通り行うことが我々の責務と確認。しかし、クリニックに計画停電が実施されるか不明のため、いくつかの予約検査は断念。●交通機関の運行状況が不明で、時間帯により運行停止の予報もあり、多くの職員が早めに終業することとなる。

3月14日(月):●朝のミーティングでは各自の通勤の交通機関の運行状況を聞き、出勤・帰宅の時間を確かめつつ、診療体制確保に苦心することになった。この日は、マッサージ師が京急の運転停止で出勤できず。●クリニック周辺一帯の午後の計画停電が予告されたため、午後は急遽、休診としたが、計画停電は実施されなかった。3月16日に予約してあった各種検査10名余の方に電話を入れ、同日の検査延期を伝えた。●通勤に車で片道小一時間を要する整形外科医の通勤車のガソリンが少量となり、あと2日分程とのこと。小児科医は、すでに今日でガソリンが無くなり、明日からは片道15kmを60分かけての自転車通勤とのことであった。●京急の運転が無く、帰宅職員のために、自動車通勤者の車に分乗帰宅を実施。●患者さんの中には、めまい感を訴える方多く「地震酔い」という表現が始まる。●トイレットペーパーが不足するとの情報あり、臨時休診の午後に若干の買いだめをした。

3月15日(火):●小児科医自転車通勤(以後、ガソリン確保までの数日間続いた)

3月16日(水):●計画停電の予告があったが、急な停電があったらその時点で診療終了にすると決めて診療実施。結局計画停電は実施されなかった。「やる」と言っててやらない「計画」停電に、無計画停電だとの非難をあちこちで聞いた。各分野で働いておられる立場でもある患者さんの多くが不満を漏らしていた。京急が午後6時に運転停止との情報あり、京急利用職員が早退したが、結局、運行停止はなかった。

3月17日(木):●朝から往診に出る。9名の患者宅を訪問したが、高層マンションの3名は、当該地域の計画停電実施のためエレベーターが使えず、それぞれ8~10階のお宅に階段を歩いて訪問するのも困難で、本日の予定を19日(土)に延期させていただいた。

3月18日(金):●相変わらず、ガソリン不足は続いており、近隣のガソリンスタンドの営業情報に敏感となる。往診車と共に、関連施設である訪問看護車、デイサービス送迎車、さらに職員の通勤車のガソリン確保に気を割くことになる。

当時のメモから拾い書きしましたが、メモしてないために日にちの不明瞭な数々の出来事がまだまだあります。例えば、●職員の親族に津波で亡くなった方がいたことが分かった、●クリニック周辺にも、避難されてこられる方が徐々に増え、悲惨な話をいくつか聞いた、●当クリニックで栄養指導をしている管理栄養士がボランティアで石巻に行った経験談を聞いた、●関連施設の訪問看護ステーション、デイサービス近辺は埋め立て地で、地震による液状化現象が著しく、道路との段差ができたり、水周りに不具合が出た (液状化のため破壊された、近隣のマンションの駐車場と共に、未だに改善しきれていない) 等々。

今振り返ると、通常の診療を継続しながら、日々の新しい状況に見舞われ、その場その場で対策を立てる必要に迫られる過酷な日を過ごした感があります。勿論、東北の方の艱難辛苦とは比べるべくもないが、二度としたくない経験でありました。その中で、印象に残っているのは、南相馬出身の患者さんの言葉「相馬はもう駄目だよ。もう暮らせないよ。東電も政府も許せないよ」です。巨大地震も嫌だが しょうがない、津波も嫌だが しょうがない、受け入れなければしょうがないのかも知れない.でも、原発事故だけは許せない、と言っている姿でした。数十年にわたって原発に注いできた時間、金銭、知識、エネルギーを、自然エネルギーによる発電のために使っていたら・・・と想像を膨らませてみた時に、「原子ムラ」の人を除く殆どの国民が、取り返しのつかないことをした思いに駆られるのでないか、と思いつつ、診療に明け暮れています。

来年が、良い1年でありますように。

院長 小谷利克